nannan

18歳、もうIBライフが終わります。

#30 想像力の格差

 

お久しぶりです。気がついたら半年間書いてなかったらしい。これはひどい

 

ついに試験も終わって大学受験も終わってひと段落です

 

ちなみに人によっては僕みたいにIB試験の終わりから卒業式まで1週間以上も何もないこともあります。(僕の同期は今日まで試験やけど

 

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(木曜日の朝2時間数学からの昼2時間半哲学のエッセイ3本は地獄だった、、、)

 

 

 

今日は、、、突然ですが、僕の生い立ちをちょっとだけ説明するところから。

奈良生まれの兵庫県育ちで、父親はサラリーマン、母親は専業主婦の超一般家庭です。

 

小学校はもう何の変哲も無い普通の公立で、中高は私立のそこそこの学校に通いました。

で、今は何かのご縁でUWCに行くことができ、無事アメリカのカレッジにも合格してそこに進学予定。

僕は自分の生い立ちに文句があるわけでもないし、親に何かそのことで不満に思ったこともないです。

 

その当時小学生だった時は僕も両親も「地元の国立大学に進学できたらいいね」、小6になって「ちょっとだけいい私立の中学校に行けたらいいね」、中学生になって「京都大学とかも夢じゃないね」と徐々に規模もレベルも更新されてきて。。。気が付いたらここにいました。

 

僕は本当に運がよかったと思います。両親2人共大学を出ていないのになぜか僕に進学塾を進めてくれたことも、模擬国連が部活として存在しない高校で優秀賞を取った先輩が練習会議に参加することを勧めてくれたことも、たまたまそこにいた先輩がUWCに進学予定だったことも。全部、僕はこれまで運がいいと思います。

 

 

でもそれでもUWCに来て、いざ海外進学を考えるってなった時に本当にびっくりしました。

 

 

A〇〇〇、〇〇〇〇〇H、あと東京とその近郊にある「海外進学が身近な」学校、、、

 

 

 

そもそも海外進学するかも!?という人と海外進学するのが普通だという人では想像力の規模が違う気がしました。もちろん僕の元の高校からは学部進学した人がいるなんて話は聞いた事ないし、海外で勉強するという話が現実的になったのもここ2年の話です。

 

僕はそれでもうまくいった方ではあると思うけど、今になって、もし自分の想像力が例えば「ハーバード大学に行く」というレベルまであって専門の進学塾に行っていたら、もし周りが全員そういう人だったらって考えることがあります。

 

そういう環境に身を置く事で、想像力は拡張されると思うから。僕のその当時持っていた想像力の最大レベルは「海外の大学に進学する」であって、「海外のトップスクールに進学する」ではありませんでした。想像力の拡張はその人の意思力の強さにも影響を与えると思うし、「そのレベルの大学に進学して当たり前」という状況が自分自身の能力を引き出すことにもつながるから。

 

 ここでいう想像力とは、「自分の力を信じる力」も含まれていると考えてくれるとわかりやすいかもしれないです。

 

だから今は「情報の格差」と同等ぐらい「想像力の格差」も問題だと思う。もし田舎の高校生にとって留学プログラムで勉強したら充分満足できる環境じゃなくて、留学からそのまま海外進学する選択肢があると思える環境だったら?やる気と能力のある学生の身近なところにより多い選択肢があったら?

 

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まだまだ環境がその人のポテンシャルを制限している気がしました。僕は自分の周りの地方出身で俗に言うランキングの高い大学に行く人を見たことがあるけれど、本当にそれを可能にする人は一握りで。あともう少し頑張ればもっと自分の可能性を引き出してくれるかもしれないのに、自分の環境がそのあと少しを押してくれないとどうにもならない人がまだたくさんいると思う。

 

僕も自身の受験を振り返って、「なんとかして自分をプッシュすれば第一希望の大学に受かったのでは?」と何度も思いましたよ。まあ僕の場合はただの言い訳かもしれないけれど。

 

 

 

ここで最近たまたま読んだ人のノートでとても共感できた内容があったのでシェアします。

 

「本当にやりたいなら出来るだろ」って言うけどさ。「甘えんな」って言うけどさ。

それってあなたが経済的に不自由ない環境に生まれたからじゃないの?

五体満足でなんの障害もないからじゃないの?

自己肯定感をそれなりに満たせるような容姿で生まれてきたからじゃないの?

追い詰められて出来ないことを自分のせいにしてうつ病になった人が近くにいないからじゃないの?

「わからなかったら調べる」という方法を学べる環境にいたからじゃないの?

ご縁をくれる人に出会えたからじゃないの?”

 

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自分の話はほんの特定のケースだけど、同じようなことで困っている人はたくさんいると思うし、「想像力の格差」をもっとなくしてみんなのポテンシャルが引き出される社会にしたいな、って。僕の受験勉強はこんなことを考えさせてくれました。

 

p.s. これが最後の3記事のうちの1つです。残り2つもお楽しみに!

 

2:39pm

5.15.18

 

#29 現在頭の中を整理中なのでもう少しお待ちくださいとだけ言いたかった。

 

どうも。おひさしぶりです。

 

生存報告です生きてます。

 

 

この2ヶ月はSATを受けて、課題をこなして、たまに友達と遊んで、ついに2日前にExtended Essayを書き終えました(New!)

もう自分のEEは見たくないですね。ブッダとか誰やねんって感じです。

 

 

 

。。。特に書くことがありません!(許して)

 

 

 

本当に頭にアイデアが何もないです。また近いうちに内容のともなったものを書くので楽しみにしといてください。

 

 

 

ではでは。

 

 

おまけ

 

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9:19am

11.18.18

 

#28 あの30分

 

イタリア人の友達に「Takuto! My lover! Give me hug!」とここ1ヶ月言われ続けてます。

いや、めっちゃ羨ましくないですか。羨ましいですよね。

 

 

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まぁこのイタリア人が女子だったらの場合なんですけど、残念ながら男子なんです。僕この子とはいい友達のままを望みます。

 

 

まあそんなことは置いといて。

 

ブログ書くのは3ヶ月ぶりらしいです。もう忘れられてますね。いや、僕のことは忘れないでください。僕の夏休みはそれと言ってここに書きたいことはないので割愛しようかなと思います。何をしてたかというと、、、留学フェローシップというキャンプに行ったりtech campというプログラミングキャンプに行ったり友達に会ったりしてました。以上です。もしかしたら留フェロのことはいつか書くかもしれませんね。

 

 

 

 

 

もうこっちに帰ってきて1ヶ月たってしまいました。この1ヶ月はExtended essayという卒論の1回目の原稿締め切りに追われ、宿題に追われ、Showの中のdanceの企画に追われてました。ずっと追いかけられてるんですがどうしましょう、、、。このまま夢にも出てこないといいのですが。

そうそう、ついこの間までPeace One Day/UWC Dayのイベントのオーガナイザーしてたので今日はこの話でもしましょう。

UWC Dayというのは、全カレッジがこの日にUWCを祝う日のようなものです。で、僕たちイタリア校の場合はこの日と同じ日にPeace One dayという平和を祈る日があって、僕たちは毎年この日にトリエステの広場でShowを行います。僕はこれの全体の管轄の1人でした。

 

 

このShow当日までに2週間ぐらいダンスのリハーサルをしたり、段取りのうちあわせをして前日に通しのリハーサルをするものなんです。僕の場合は日本のダンスの担当でもあるのでソーラン節のリハを他の日本人としてそのあとにインドのBollywoodというダンスのリハに行って、晩御飯を食べたら他のオーガナイザーと一緒に当日の段取りをちょっと話す感じです。

 

 

基本的にShowの段取りってうまくいくもので、2nd yearがダンスのオーガナイザーをして真面目にやればうまくいくんですよ。基本的には。

、、、今回は本当に辛かった。

 

2週間みんなが自分のすべきことをして、迎えた前日。その日にはUniversity Fair(アメリカの大学の関係者が来てインタビューとかしてくれるもの)がありました。最終リハーサルは20~22時の予定でした。Univesity fair16~22時でした。そうです被ってます。大問題です。でもやらないわけにはいかないので20時から始める予定だったんですが。

 

 

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各ダンスのOrganizerがいない。いい意味でダンスを取りまとめる人はみんな真面目なのでUnivesity fairに行ってました。こちら側からしてみれば当日と同じ順序で開始してどんな感じになるかを見たいというのに、最初4つの演目の人が全然いない。始められない。僕の隣にいた人は「タクト!どうすんの!?始めるん?何がしたいん?」とずっと質問してくるのですがこっちからすれば「いやこっちが聞きたいわ」という感じでした。また同じタイミングで仕切るのが好きな自分の同期が楽器を叩いて叫びながら「みんな黙って!こっちの声が聞こえないんですか!おい!」と言っている。周りの待っている人の表情は明らかにいやそうで今にも逆ギレしそう、自分の他の同期は呆れている。

 

 

 

でも自分のすべきことはわからなかった。胃が痛くて仕方がなかった。僕は他人の顔に出る表情に敏感で、マイナスオーラが多量に出ている状況が耐えられませんでした。僕にできたことといえば、叫んで黙らせている人が使っている楽器を1つずつこっそり隠すことでした。そうすれば少なくとも音は鳴らない。あとは他の演目の人がいるかどうか歩き回って確認していない人と連絡を取ることぐらいでした。

結局始めの1時間は全員でするダンス(1番初めに人がいないからこれをみんなに教えようと言ったのにこの人に却下されました。辛いです。)のために時間を使い、そのあとは無事にOrganizerもほぼ揃ったので前日リハは終わりました。小さなトラブルは23個あったけれど始めの1時間、30分に比べれば可愛いものです。でもこの2時間半は気が詰まって仕方がなかった。

 

 

 

正直、メッッッチャ悔しかった。僕はこのPeace One Dayのダンスの全体統括をすることを去年からずっと考えてたんです。それでやっとつかんだチャンスだったのに、今までShowの前日リハを見てきてうまく準備すれば何もなく終えることができるものと知っていたのに、あの30分を作ってしまった。しかもそれがUniversity fairという予測外のものがきっかけで招いてしまったのも辛かった。本番うまく行ったことが救いだったけれど本当に悔しかった。

 

 

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今年のshowの様子,,,)

 

 

でも、この2日間この前日リハと当日のことを考え続けて、自分の力不足を感じれたのは良かったと思う。最近グローバルな規模でリーダーになろうという言葉を聞くけれどそれが並大抵なものじゃないということを実感させられた。外国の人って自己主張が強いから相当強気に行かないと勝てないし(ここでの勝つという表現には突っ込まないで)、かといってただ言い返すだけでも彼らは引き下がらない。仕切りたがりの同期1人黙らして本来の立場としての役割を果たせないようじゃまだまだだなぁと。まああとは、やっぱり1人じゃ物事は動かせなくて他人と協力することも必要不可欠なんだなって。結局あの場面も僕1人だったら何も進まなかったかもしれないし。難しい。

 

 

当たり前やん?と思うかもしれないけれど、当たり前のことって気づきにくいことじゃないかなと思います。だって当たり前ってみんながすべきと思っていることで、結構難しいことなんじゃないかなって。自分にとってあの30分はあれを通して成長した!では言い表せないぐらい、貴重な時間でした。

 

 

 

 

それでも未だに自分で全部うまいことまとめたかったとか思ったりするんですが笑。結局根本は僕の隣で周りを黙らしてた人と同じかも、しれないです。

 

はぁ、リーダーって大変。LEADERLeadする人ですから。いつか僕ももう一度Leadしてみたいです。もう一度、あの30分を経験した状態で。

 

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それではまた来週!バイバイ!

 

 

10:28am

9.23.17

 

 

#27 見る・視る

 

こんばんは。

 

ついについについに、日本帰ってきました!

寿司、すし、SUSHI,,,,,ちなみにまだお寿司食べてないです。早く食べたい。

 

いやー本当に長いようで短い1年目でした。終わってしまったなぁというのが今の正直な感想です。まだ自分の中で消化仕切れていないような、そんな感じ。

 

 

それから2nd yearの卒業式が終わって、それからイタリアを5日間ほど旅行してきました。

 

卒業式の話は始めると3話ぐらい続くので今回はやめます、、、もしかしたらまた今度書くかもしれない。

 

 

ということで、旅行2日目の夜にまとめたメモを元に1つ書いていこうかなと思います、

どうぞごゆっくり。

 

 

 

***

 

今日はフィレンツェを歩いたのだけれど、本当に趣きのある土地だと思った。

 

建物の色とか、質感とか、それが持つ雰囲気だったりとか。

 

だからフィレンツェ、と言うよりイタリアは好きだ。けれど、周りを見渡してみると、

 

 

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写真を撮る人、

 

セルフィでもの(建物)と自分を一緒に写す人、

 

スマホをずっと見ている人、

 

 

 

んん?

 

 

いや、写真を撮ることに対して僕も何も文句はないのだけれど、みんなが見ているのは建物だろうか、それともフィルム越しのそれだろうか?

 

 

写真をとって、加工して、インスタ(スナチャ?)に投稿して次の観光地へ行く。

 

 

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ミケランジェロ広場より。

 

 

「見ている」のだけれど、「視ていない」気がする。

感覚的な問題だから言葉本来の意味は置いといて。

 

 

何かが違う気がする。

 

別に何が正しいとかはないけれどふと辺りを見たときにとてつもない違和感を覚えた。

 

写真は残るものだしそれがいい時もあるのだけれど、写真を撮るだけなら別にインターネットに山ほど転がっている。せっかく現地に行くのだから少しカメラを置いて、ゆっくり見た方がいいのではないのか。。。?

 

 

せっかくローマの建物それ自身が雰囲気というメッセージを持って何かを伝えようとしているのだからもう少し真摯に受け止めてもいいんじゃないかな。

 

それはきっとカメラごしではなく、自分の眼で感じるべきだと思う。

 

***

 

夏休みもぼちぼち書きたいことがあれば書くという調子でやっていくのでよろしくお願いします!

 

ではでは、またいつか。

 

 

 

11:32pm

05.31.17

 

#26 筆が進まぬ

 

どもども。いつも通りの土曜日の朝です。

 

 

ついに、試験が終わりました!(yattaaaa)

 

厳密に言えば、Self-taughtの試験が来週の火曜日にあるんですけどそれは試験としてカウントしてn,,

 

 

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ということで久々に書いてるんですけど、

 

書けない。

 

 

 

 

書くネタがあるのかもしれないけれどそれを打つ最初の一言がでないので進まないです。いつも書く時としてのイメージとして1週間振り返ってそれから頭で流れるインスピレーションを文字に起こすんですけどこれが調子のいい時はサラサラと書けちゃうものなんです。

 

まあ今日は書けない日ですね笑。

 

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しょこらーでと2人で作った肉じゃが。

 

でも毎週のこの時間は僕にとってかなり大事で1週間の出来事で何を考えたかとかを整理する時間でもあったりするので。ただその中にここで書く内容があるかどうかはまた別問題なのです。

 

 

僕にとってこのブログは最初「UWCイタリア校を紹介するもの」として後輩に様子が伝わればいいな程度に思ってたんですけど、段々書きたい内容はずれてきて。でも確かに読んでいる人がいて。結構悩んでるところでもあったり。。。

 

 

これをやめようと思った時もあったんですけど、少しでも自分がイタリアから伝えたいことが届くようにもうちょい続けてみようと思います。ただ書く内容は考えないといけないなぁ。。。

 

 

以上でした。これが今日の言いたかったことってわかってたので筆が進まぬとか嘘ですね笑。これからも気が向いたときに読んでくれると嬉しいです。

 

 

 

10:20am

05.13.17

 

 

#24 寂しくなる

 

どうも。たくとです。

 

セカンドイヤーは最後の授業が終わって最後の試験を残すだけになりました。1ヶ月で先輩方がいなくなると思うと悲しくなりますね。

 

僕たちは、迫り来る課題の締め切りと戦いながらファーストイヤーを過ごしてます。哲学のEE(Extended essay 卒論かな?)のトピック思いつかない助けて。

 

 

今日はある日の出来事を書きにきました。

 

ちょっといつもと違う感じでお楽しみください。

 

 

 

僕のルームメイトが今日はディナーで帰ってこないのでバルコニーに通じるドアも窓も全部シャッターを閉めて真っ暗で寝ていた。

 

朝うるさいアラームがなっていたけれどここにはこないだろうと思っていると、、、来てしまった。誰かがこう言った。

 

Let’s go to adventure!

 

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なんじゃそりゃ。まだ6時やん。早いわ。

 

 

昨日2時に寝たからもう少し寝かせてくれと思いつつ、帰って来たセカンドイヤーに起こされ仕方なく玄関前に行った。ファーストイヤーはみんな起こされたらしい。

 

 

どうやらみんなでどこかに行くらしい。

 

友達が日の出とか見るのかなと言っていて、あぁそれならいいな。帰って寝れる、と思っていた。

 

そこから日の出を見る、

わけではなく広場に連れて行かれた。

 

 

ファーストイヤーがみんないてセカンドイヤーも全員いた。

 

そこで薄々気づいた。

 

あぁこれは長くなるやつや、と。

 

なぜかこの朝は機嫌が良くなかったのでセカンドイヤーが何かサプライズをしようとすることに気づいていてもあまり気持ちは上がっていなかった。

 

そこからみんなでちょっとしたゲームをした後はみんなAuditorium(講堂みたいなところ)に行った。

 

 

そこで見たものは、、

 

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セカンドイヤーからファーストイヤーへの手紙が入った箱だった。誰が作ったかはわからないけれど、それぞれその人に似合う手紙ボックスが作られていてすごかった。

 

 

なんというか、愛を感じた。

 

もちろん僕のところにもいろいろ入っていて、仲よかった人からあまり話したことがなかった人まで何かしら書いてくれていて本当に嬉しかった。

 

 

嬉しかったというより、しんみりとした気持ちという方が合っているかもしれない。

 

 

その中の1枚をここでシェアしたい。

 

"Dearest takuto namba,

You are literally wisest. You are the japanese body of the japansese community. Inspire of that you manage to be so loving, kind and positive. Your simplicity of thought and nature makes you a wonderful human being. Thank you for visiting us in case, and also teaching me the light dance, it was so cool. I really hope you grow into a lovely Japanese person with a big heart. You are going to make many people’s life better like you did mine for this one year.

Love you,"

 

 

この人には感謝しきれないぐらいお世話になったし、そんな人間になりたいと思った。セカンドイヤーはすぐそこ。まだまだ頑張らないといけないな。と、いろいろ思った朝だった。

 

 

 

ではでは。また今度!テストが近づいてきたのでしばらく書かないかもしれません!

 

 

 

03:58pm

4.23.17

 

#23 そこの奥さん遅れてますがな!

 

こんばんはたくとです。

 

いやー、久しぶりですね。2週間ぐらい書いてないとなんとなくムズムズするものです。嘘です、そんなことないです。ムズムズしてる暇はありませんあなたには試験が待っています。

 

 

さてさて、みなさん。

これを読んでいる人は大半がUWCを目指していてたまたま「なんやこいつブログ書いとるやんけ」と思って見に来た人かもしれません。

 

僕も昔UWCの先輩方のブログを見たり、インターネットに転がってるUWCの教育について調べたりしてました。

 

 

 

その時思いませんでしたか?

 

 

はぁぁ、なんて魅力的なプログラムなんだろうと。

 

 

 

いや、実際いいと思うんですけど。

最近自分の中でふと浮かんだ仮説があって、

 

もしかしたらもうIBは真にいい教育ではない。

 

 

僕の例で言うと、哲学だったら結構な頻度でディスカッションがあるし自分で考えるという行為がそこには存在している。けれどこの先生はカリキュラムを終えることに必死で毎授業密度の高い議論ができるわけじゃないしすごいもったいない感じがある。

 

他の例では、とても頭のいい生物の先生がいるのだけれど教えるということがとても下手でみんなに文句を言われてる人とか。誰かが「Bio self-taught(生物は自学の科目)って言ってた時は笑ってしまった。

 

 

 

当然だけど授業って先生にとても依存するもので、IBを勉強しているからといって必ずしも質のいい授業をうけられるわけではない。

 

 

IBも例えばそれ自体ができた頃はもっと質のいい先生の少数の生徒しかいなかったかもしれない。それがいつの間にかいいものと世界から認識され規模を拡大し、質が落ちていった。

あるいは、質を維持できなかった。かもしれない。

 

もしIB1周ぐらい遅れているとして日本の一般的な高等教育は5周ぐらい遅れているから残念なんですけどね。遅れているというか、うーんこの話はまた違う機会で。

 

 

IBが他と比べればいいプログラムであることに変わりはないと思うし、UWCの経験は勉強の環境だけではないということもわかってる。けれど、他にもっといい形はないのかな?とふと思った休憩時間でした。

 

いかに質の高い高等教育を多くの人に提供するかが大変かということがわかったかもしれない。いや、考え付くままに書いたので嘘書いてたらすみません。

 

機会があったら文科省の人に是非とも読んでほしいですね笑

 

 

 

ではでは、また来週!(3日後ぐらい?

 

 

 

11;06pm

4.20.17